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いえさき先生のコラム

咀嚼器官

1.顎関節

顎関節は、下顎窩と下顎頭を連結している(図2-1)。

1)顎関節の構造

顎関節は、三つの構成成分からなる:下顎頭、下顎窩、それら両者の間に介在する関節円板である。関節円板の前後には、外側翼突筋と円板後部組織が付着している。

①下顎頭

下顎頭とは、下顎骨の関節突起先端部で、不正円形

②下顎窩

下顎窩とは、頭蓋骨(側頭骨)の顎関節部で、頭蓋骨の外耳道の前方に位置し、下顎頭が収まるのに適したくぼみ状をしている(図2-3)。そのくぼみの形態は、すべての面が一様ではなく、前方の角度が比較的ゆるやかになっている。下顎頭は、このゆるやかな斜面上を滑走する。

③関節円板

関節円板とは、下顎頭と下顎窩の間」に介在する円盤状の器官である(図2-3)。

関節円板の矢状断面形態は、下顎窩のもっとも深い位置に相当する部分が厚く(後方肥厚部)、その前方が薄くなり(中央狭搾部)、さらにその前方が少し厚くなっている(前方肥厚部)。その立体的円板形態は、中央部が薄く、その周囲がドーナツ状に厚くなり、さらに、その周囲が薄くなって周囲組織に移行している。関節円板は、強い圧力に耐える性質を持っている。関節円板の役割は、関節の動きに伴って移動・変形して関節運動を滑らかにし、かつ関節への衝撃を緩和することにある。

④外側翼突筋

外側翼突筋(注1)は、下顎骨を前方に突き出す役割を担っている。外側翼突筋の一部は関節円板に連結している(図2-3)。外側翼突筋が収縮すると、関節円板は下顎頭とともに前方に移動し、下顎頭は滑らかな滑走運動が可能となる。

⑤円板後部組織

円板後部組織は、関節円板の後方に連結している(図2-3)。円板後部組織は、関節円板の後方に連結している(図2-3)。円板後方組織は、血管や神経に富む組織により構成され、関節円板を前方に過度に移動しないように後方から関節円板を支えている。

注1:外側翼突筋

起始が蝶形骨大翼の側頭下面と蝶形骨翼状突起外側板外面、停止が下顎骨翼突筋窩である。この筋肉が収縮すると、下顎が前方に牽引される。

2)顎関節の運動

顎関節は、蝶番運動と滑走運動の二つの運動が可能である。その二つの運動のコンビネーションにより、下顎は複雑な動きが可能となる。

①蝶番運動

下顎は、両側の下顎頭を結ぶ仮想線を軸として蝶番運動が可能となる(図2-4)。下顎が蝶番運動を行うと、上下顎の歯では単純な開閉運動が行われる。このとき、関節円板は、ほとんど移動することがなく、下顎頭のみが回転する。顎関節の構成部分は、お互いの位置関係を変えることはできない。

②滑走運動

下顎は、前方に突き出すことが可能であり、このとき、下顎は、下顎窩の前壁を前下方に滑走する(図2-5)。下顎頭が前下方に滑走運動を行うと同時に、関節円板が外側翼突筋に牽引されて前方に移動する(図2-6)。

③両者のコンビネーション

下顎頭は、単純な蝶番運動と前方への滑走運動が可能である。そのため、下顎の運動は、下顎頭の回転運動と左右同時の滑走運動、および下顎頭の回転運動と左右別々の滑走運動ちが組み合わさった複雑なものとなる。

3)歯、咀嚼筋、顎関節の関係

閉口筋には、咬筋、側頭筋、内側翼突筋がある。これらの筋肉は、歯と顎関節の間に位置しており、顎関節を支点にして下顎骨を上方に引き上げる機能を持っている。この機能により、人は、前歯で麺類を噛み切ったり、犬歯で肉を噛み切ったり、臼歯で食べ物をすりつぶすことができる。

図2-7は、歯と筋肉と顎関節との関係を模式図にしたものである。歯、閉口筋、顎関節の関係は、てこの原理にて説明される。すなわち、歯は作用点(a)、閉口筋は力点(b)、顎関節は支点(c)に相当する。これは、作用点と支点の間に力点が存在する第3種てこに分類される。第3種てこにおいて、力点に加えた力よりも小さい力が作用点に伝えられる。一方、臼歯で噛み込む力が前歯で噛み込むよりも強い理由は、臼歯が前歯よりも力点に近い位置にあるからである。

作用点(歯)、力点(閉口筋)、支点(顎関節)の第3種てこの関係に、もう一つ別の特徴がある。作用点は、容易に位置を変えることが可能であるが、力点の位置は、変えることができない。支点である下顎頭は、下顎窩の中心位(後述:第3章)の位置から前下方に滑走することができる。その下顎頭の位置変化は、外側翼突筋の収縮により、制御することが可能である。そのため、外側翼突筋が弛緩した状態においては、下顎頭の前下方への滑走が生じないので、支点は安定し、下顎頭は、下顎窩の最深部に落ち着くことになる。また、作用点の位置をどのように変化させても、力点が作用点と支点の間に位置している限り、下顎窩は、下顎頭から力を受け続けるものなのである。

4)不正な咬合と閉口筋との顎関節障害の関係(重要)

中心位(後述:第3章)において、咬合の調和がとれておらず、閉口時に咬頭が対合歯の斜面と接触する場合、閉口筋の収縮時に下顎全体が水平方向に移動し、下顎頭が前後方向に動くことがある。その仕組みを図2-8の模式図にて述べる。

正常な咬合と閉口筋との顎関節の関係においては、図2-8の①が示すように、歯の咬頭と窩が適切に勘合し、下顎頭が下顎窩の中心にて安定している場合、閉口筋が収縮しても科学は水平方向に移動することはない。しかし、図2-8の②が示すように、歯の咬頭が対合歯の窩の斜面上に接触している場合、閉口筋が収縮すると下顎は後方に移動する力を受ける。したがって、下顎頭が下顎窩の後壁を圧迫する結果となる。

この下顎の水平方向への移動は、後方向のみとは限らず、歯のあらゆる方向の斜面にて生じ、患者さんは「噛み合わせのずれ」として認識する。その場合、閉口筋が収縮するたびに下顎頭が水平方向に移動することになり、顎関節の様々な器官が慢性的障害を受けることになる。このようにして生じた障害は、咬合の改善により容易に解消することから、閉口筋収縮の制限(食いしばりをさせない治療)、あるいは、顎関節の外科手術などの治療を選択する必要はない。

不正な咬合と閉口筋との顎関節障害の関係を理解することは、不正な咬合から生じる疾患の原因と治療を設定する上で必要である。

5)開口と顎関節

k下顎運動の立体的範囲は、Posseltにより紹介され、Posseltのバナナと呼ばれている。図2-9は、下顎切歯点の運動範囲を示したものである。

BからCに至る開口経路は、下顎頭を軸とする下顎の単純な蝶番運動によるものである。そのため、この運動経路上において、下顎頭は下顎窩の最深部に収まり、前方に滑走していない状態である。それに対して、CからDに至る開口経路上においては、下顎頭が前下方に滑走し、下顎が最大開口位に至っている。

下顎の最大開口位は、下顎頭の前方への滑走を伴うことにより成り立っているので、下顎頭の前下方滑走が何らかの原因で妨げられると、下顎はCを越えて大きく開けることができない。この場合、下顎頭の前方滑走が何らかの原因により妨げられていることが推察される。

6)まとめ

額関節は、身体の他の関節にはみられないいくつかの特徴がある。

①左右の顎関節が一対となり下顎骨を支えている。下顎骨は一塊であることから、左右の顎関節は、協調運動を営み、一つの顎関節が運動すると必ず他方の顎関節も何らかの運動を行う。

②顎関節は、他の関節と同じように蝶番運動を行うことが可能であると同時に、滑走運動も行うことが可能である。この滑走運動を可能にしている。

③顎関節は、上下顎歯の咬合により、その運動が妨げられると、障害を受ける。

2.咬合平面

咬合平面は、前歯の切縁部から臼歯の咬合面を結ぶ仮想の平面のことである。

1)正常な咬合平面

咬合平面の形態は、平らな面ではなく、緩やかな凹面を形成する(図2-10)。

正常な咬合平面を横から見ると、図2-11に示すように、凹の湾曲を描いている。この湾曲は、下顎が前後方向にスムーズに動かす上で必要である。

次に、正常な臼歯の咬合平面を真正面から見ると、図2-12に示すように、凹の緩い湾曲うを描く。この湾曲は、下顎を横方向にスムーズに動かす上で必要である。

2)異常な咬合平面

咬合平面は、不用意な咬合調整、不適切な補綴物装着、インプラント上の補綴物咬合面の不備、あるいは矯正歯科治療の中断などにより乱れることがある。この咬合平面の異常には、いくつかの種類がある。その代表的なものについて、以上に述べる。

①歯が部分的に突き出た咬み合平面

図2-13に示すように、臼歯が部分的に突き出ることにより、咬合平面が乱れることがある。この突き出た部分が、下顎の前後左右のスムーズな動きを妨げ、機能的不正咬み合の一因となる。この機能的不正咬合は、強度の歯ぎしりを誘発し、筋肉や顎関節に慢性的な負荷を与え、様々な障害を生じさせる。

この機能的不正咬合が発生する原因で、もっとも多く見受けられるものは、図2-14に示すように、下顎智歯を支台とした咬合平面から一部突出するブリッジを装着してしまった場合である。この場合、咬頭嵌合位において異常は認められないが、下顎を前方に動かしたとき、前歯をかみ合わせることができない(図2-15)。残念ながら、前歯で麺類はかみ切れないことになる。

②臼歯の左右の高さ異常

図2-16に示すように、左右臼歯の高さが異なる場合がある。原因としては、臼歯の抜歯した後の放置、咬合が不適切な補綴物の装着、咬合調整の失敗、あるいはインプラント上の冠の高さ不良などが考えられる。この咬合の異常を長期間放置すると、様々な障害の発生が危惧される。左右臼歯の高さの相違判定は、左右顎関節を結ぶ仮想線を基準に行う。歯のみの診察、あるいは歯形模型を分析しただけでは、この異常を明示することは困難である。フェイスボウを使用し、半調節性咬合器に装着した模型により確認が可能となる。

③逆カーブの咬合平面

正常な咬合平面は、凹の緩い湾曲面を描いてる。一方、逆カーブ咬合平面は横から見ると、図2-18に示すように、凸の湾曲を描いてる。このような状態では、下顎を前後に動かそうとすると、本来の下顎運動は妨げられる。逆カーブ咬合平面を真正面から見ると、図2-19に示すように、凸の湾曲を描く。下顎臼歯舌側咬頭が高すぎると、下顎を横に動かした時にこの部分が強く接触して、前歯とくに犬歯がかみ合わなくなる。そのため、強い歯ぎしりが生じ、筋肉や顎関節を構成する組織は、様々な障害を受けることがある。

3.咬合高径

咬合高径とは、咬合嵌合位における上下顎間の垂直距離である。咬合高径に関して正しく認識することは、歯科医師が咬合の再構成を伴う計画治療を設定する上で重要である。

1)咬合高径の成因

咬合高径は、小児期に上下顎の歯が萌出を開始してから、日常的に対合歯と接触し、歯の萌出が停止することにより成立する。この上下の歯が接触する上下顎の位置関係は、閉口筋により制御されている。成人になり咬合高径が完成した後も、咬合高径は閉口筋に制御されている。したがって、咬合高径は、歯の咬合面を添加、削合しても、ある程度の期間を経過すると、日常的に受ける咬合圧の制御により歯の歯槽骨内埋入あるいは提出が生じ、咬合高径は元の状態に戻ることになる。歯の埋入・提出する速度は、閉口筋が新たな咬合高径に適応する時間よりも速いということになる。

2)咬合拳上を伴う治療が否定される理由

咬合挙上を行った後、時間が経過すると、歯が歯槽骨内に圧下・埋入したり、ブラキシズムが生じて歯が高耗したり、歯周組織の抵抗力が低下して歯が動揺するなど、不利益な適応反応のみが残ることが多い。Dawsonは、咬合挙上治療に関して、以下に示す4つの見解を述べている。

①顎関節症に対する咬合挙上

咬合挙上は、時として患者の不快感を消し去ることがある。しかし、その場合でも、歯冠を延長した歯は歯槽骨内に埋入し、挙上した咬合高径は時間の経過とともに元の高さに戻る。

②顎関節における「脱荷重」

咬合挙上は、顎関節の重荷を減少させることはない。咬合高径の増大は、下顎頭を軸として下顎のの回転によって生じている。すなわち、咬合挙上装置を用いて上下歯列を離しても、下顎頭に負担がかかった状態で下顎が回転しており、下顎頭関節結節から垂直方向に離れるわけではない。

③「失われた」咬合高径の回復

歯が咬耗しても、それに応じて歯が挺出してくるので、咬耗によって咬合高径が減少することはない。高耗によって失われた歯質を補填して咬合高径を回復すると、結果として、開口状態になってしまう。

④顔のしわを取り除くための咬合挙上

対合歯が天然歯列である患者にとって、この治療はきわめて有害となる。咀嚼筋や顔面筋が安静な状態にあるとき、歯の接触は発生しない。しわを引き伸ばすために歯冠長を増大すると、正常な筋長を維持しようとする筋は、絶えず干渉を受けることになる。この持続的な干渉は筋に反射性収縮を生じさせ、歯や支持組織に対してダメージを与える結果となる。このような処置は、筋の「老化」を早め、さらにひどいしわを作ることになると思われる。

3)まとめ

既存の咬合高径は、可能な限りを変化させない。咬合高径を変える必要があるならば、審美的かつ機能的に最善の結果が得られるよう、侵襲の少ない歯科治療法を選択する。